鎌倉ライフリッチ研究所 Ver 3.70 | 人生を、豊かに生きよう。

ようこそいらっしゃいました。スローライフの聖地鎌倉へ移住して7年。グローバルビジネスやM&AどっぷりだったR40が一念発起。 ベンチャーでの仕事を通じた日々のビジネス視点だったり、観光に役立つ鎌倉の美味しいグルメ情報やイベント紹介をしてまーす。プロフィールはこちら(http://profile.hatena.ne.jp/hase263lich/)から。

誕生日。42歳。ふりかえりとこれから。

 

これまでは、年始に抱負を書き、誕生日に気構えを書くなど重複しながらも自分の思いをブログに綴っていたのだけれど、なんだかマンネリ化しているので今回はちょっと趣向を変えてみようと思う。

 

今の自分が、当時を振り返った際の整理のためのメモとして。

 

商社:仕事自体は面白かった。収入も悪くない。一つの業界スペシャリストとしてやっていく覚悟を考えたとき、自分の関心の方向性とはちょっと違うような、迷いというか、そんなものを感じながら仕事の面白さだけで突っ走っていたように思う。

自分で仕事をコントロールする、というよりは、まさに一員としてエキサイティングな環境に身を投じている実感をやりがいと感じていた(自分の年代で、こんなことやってるやつはいないだろう、的な)。ただ、当時の不況で商社がバタバタ潰れて行く中で、「このままではいけない」と脅迫的な思いが自分を捉えていたような気がする。

 

家電メーカー:仕事自体は面白かった。収入も悪くない。ただ、大企業の管理職となってゆく際の自分が、仕事に楽しみを覚えられるかどうかという不安があった。自分の年代で同じことをやっている人とたくさん繋がりを持つと同時に、相対化する自分を見ながら「この会社のなかでどうしてゆくか」を考え始めるようになった。そして、自分の「在り続けられる姿」をイメージできなかった。

 

コンサルティングファーム:仕事自体を面白いとは、実はあまり感じなかった。収入は良かった。ただ、毎日終電・タクシー帰りと言うだけでなく、労働集約的な現場のあり方など、そもそもの「仕事のしかた」がフィットしなかったんだろうと思う。

自分より能力の高い人と一緒に仕事をしながら、自分の差別化ポイントは何なのか、を常に悩みながらアウトプットを出してゆくような感じ。そこに、自分の限界を感じたのだろうか。

 

そして現在(医療系ベンチャー):仕事自体は面白い。ただし、収入は激減。行政・自治体への提案やコラボレーション、医療機関で実際の患者さんがぼくたちの道具を使って良くなってゆく様子を見ると、貢献している・役に立てているという実感がある。業務時間としてはコンサルファーム未満、家電メーカー以上というところ。もちろん土日も仕事をしたり、仕事のことを考えることは多いのだが、人生の一部のような感じがあり、考えていてもあまり憂鬱になることは少ない。自分で仕事をコントロールしているからか。自分の差別化ポイントとか、あまり考えなくなった。

 

こうして書いてゆくと、人間、「やりがい」を感じられれば所得が低くても(短期的には)くさくさせずに仕事をできるものなのだなと思う。では、「やりがい」とは本当になんなのだろうか。ぼくは、それは「生きる覚悟」に基づくものではないかとさいきん考えるようになった。漠然と社会の枠組みや会社の枠組みで生活している中で、個として埋没するような恐怖感や無力感を感じるから気が重くなる。それは、自分の中に「覚悟」のようなものがないからだとも言える。自分は「こう生きていく」という、誰かにひけらかすようなものではなく、静かな強い信念こそが、逆境にも耐えうる「核」を作るのだろうし、それはすぐにできるものでもない。色々と経験を積む中で、自分にとってその時の最善を選択しながらでなければ、そうした「生きる覚悟」を決めるための判断軸も備わらない。

いまのぼくは、ちょっぴり「生きる覚悟」みたいなものが備わってきていて、そして社会がどう評価するかでなく、自分が満足できるかに向けて、日々を「満足基準」で送りたいとも思う。