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鎌倉ライフリッチ研究所 Ver 3.70 | 人生を、豊かに生きよう。

ようこそいらっしゃいました。スローライフの聖地鎌倉へ移住して7年。グローバルビジネスやM&AどっぷりだったR40が一念発起。 ベンチャーでの仕事を通じた日々のビジネス視点だったり、観光に役立つ鎌倉の美味しいグルメ情報やイベント紹介をしてまーす。プロフィールはこちら(http://profile.hatena.ne.jp/hase263lich/)から。

久しぶりに海外出張。

車で国内をうろうろすることが最近の日課だったぼくだが、すごくひさしぶりに海外出張に行くことになった。

1週間ほど、ドイツに行ってくる。

そう言えば前職の時に、クライアント持つ現地法人とその営業オペレーション改善を支援する時に1週間ほど出張して以来なので、まる1年ぶりである。

しかも、行き先はそのときも同じ、ドイツ。

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中国や台湾に毎週、とか、アメリカに3ヶ月、とかが本当にはるか昔のことに思える。

クローゼットからがさごそと引っ張り出してきたhartmannはちょっぴりカビ臭かった。

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ともあれ、海外市場戦略を練る絶好の機会なので色々と現地情報を吸収してくることにしようと思う。

 

 

 
 

静かな満足感と、教えを請うことの重要さ - 和田さんの『ぼくつま20』を読んで

和田さんからご献本いただきました

ぼくは和田一郎さんの、静かなるファンである。
 
和田さんと言えば、表現の誤解をおそれずに言えば、「市井の起業家・ブロガー」ということになるだろうか。ご自身の「ICHIROYAのブログ」で描かれている、通勤時間にちょっと心を和ませてくれる人生にまつわる話だったり、ご自身のビジネスを取り巻く悲喜こもごものトピックだったりと、なんというか非常に「ありさまの伝え方」がいつも印象に残るのだ。
よくあるキュレーションサイトの「XXにまつわる◯◯のこと」とか、目を通せば通すほど時間を浪費した感覚を持たされる粗製乱造テキストとは対極にあると言っても過言ではないと思う。
 
うん、丁寧で、率直、なのだ。
 
なおかつ、ぼく自身も和田さんと同じように一時期はEbayや海外サイトを中心にしたビジネスを作り、回してきた経験を持つだけに、ブログ上で書かれるその辺りの小ネタには非常に共感するところが多かったりもするので、「ビジネスの先輩」的な尊敬のまなざしが多少含まれてもいたりする。
 
そんな和田さんが、前著『僕が18年勤めた会社を辞めた時、後悔した12のこと』に続き2冊目のご出版をされるというエントリを拝見して、読みたいなあと思っていた矢先!
ブログ等でご紹介いただける方に、献本させていただきたいと思いますので、ご興味ある方はメールやTwitter,FBでご連絡ください。

・・ということで、速攻で(恥知らずだけど)以前繋がらせていただいていたFacebookで連絡を取らせていただいたところ、早速お送りを頂いてしまった。

 
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しかも、ご丁寧にメッセージを添えていただいた。
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で、早速読み始めたのが昨晩のこと。昨晩中に一気に読了。
 

やはり、非常に丁寧だ

ぼくもそれなりに起業本は玉石混交、いろいろと読んできたつもりだけど、肩肘を張ったところが一切感じられない読了感。
読み終えた後に、著者への親近感を覚えてしずかに満足する、みたいな感覚を覚える。
 
内容的に言うと、早期退職金をもらって後先引けずに起業の道を歩まずにはいられなかった状況から、当初の想定には全くなかったビジネス領域を必死に模索し、そして「生活圏内」で大向こうを張らずに立ち位置と「並の生活」を必死に確立してゆくさまを記したものである。
そして、そういう様子を描いた書籍はこれまでなら、あまり書店では人の目にも止まらず、ひっそりと書店から消えてゆく運命にあったのかもしれないと思う。もしくは、中小企業診断士やコンサルが書く「起業のためのこころがけ」的な本の、事例集に5行程度紹介されるにとどまるような、「華の少ない」「マーケティング的に見て訴求力に欠ける」内容として扱われてしまうことが多いのではと思う。
 

「自分の居場所」を作る本

だからこそ、和田さんの本には意味がある。
ぼくは和田さんのこの本は、売らんとする本ではなく、「愛され続けてゆく」本ではないかと強く思うのだ。
自分と家族の居場所をつくりたい、自分に嘘をつかない方法で、自分が信じるやり方で、得意なやり方でビジネスを始めてそれを達成したい、そう思っている人には、いくらかは参考になるはずである。
(第1章:起業にも二つの道がある)
ブログを通じて自己表現を行ってきた和田さんだからこそ、「本当に書きたかった自分のこと」が凝縮されている。もちろん編集の過程で色々と修正は入ったのだろうけど、「伝えたいことに、ご本人がまっすぐ向き合っている」内容となっている。
 
また、その内容がコンテクストとして「ブログ+書籍」という複合的なアプローチで著者像を浮かび上がらせる構成になっている点では、ジャンルは異なるけれど、さとなおさんの書籍と非常によく似ているような気がしている。
 

教えを請おう

会社に属していれば、いろんなルールがあり、その中で順応している限り、だんだん教えを乞うことは少なくなり、むしろ教える側にまわってゆくことの方が多くなる。その意味で、起業して一番必要なのは、和田さんがつまびらかにしてくれている「どれだけ人に聞けるか」「そのために行動できるか」「自分でやろうとしているか」なのではないかと思う。
会社を辞めてから僕はしみじみと思うのだが、必要な人を見つけ必要なことについて教えを請うということは、一番大切なことではないだろうか。
(第7章:エスニック・ショップしかない)
死ぬほど働いてみせる覚悟はあるのに、何をすればいいのか、それがわからないのだ。
(第9章:また振り出しに戻る)

ぼくは和田さんは、ネットリテラシーが高い時代の、オヤジ起業のあたらしいロールモデルであり、この本は、起業に憧れるサラリーマンが、会社を辞める前に読むべき本だと考えているのだけれど、本書を通して最も印象に残るのは、和田さんが必死に「人に教えを請うている」「そのために行動している」「自分でやっている」姿なのだ。

そして、だからこそ、ぼくはきっと和田さんのブログをまた明日も楽しみにしながら1日を頑張るのだろう。
 
和田さん、ありがとうございました。
いつかお会いさせてください!

 

僕が四十二歳で脱サラして、妻と始めた小さな起業の物語 (自分のビジネスを始めたい人に贈る二〇のエピソード)

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僕が18年勤めた会社を辞めた時、後悔した12のこと

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サーフボードをDIYリペアする!初体験だけど・・

 

 

http://www.flickr.com/photos/73230975@N03/6813218749

正直に言おう。
ぼくはサーフボードに、あまりお金をかけたくない派である。
初めてサーフィンを始めたのは、15年前ほど。
社会人なりたての時には、ぼくは千葉にある寮に住んでいた。
当然、同期も一緒の寮にいたんだけど、その時の隣部屋の同期は学生時代をスキーで鳴らしたバリバリの「ネイチャー系」だった。
彼があるとき、先輩からサーフィンに連れて行ってもらい、その流れを受けて始めたのがきっかけだった。その時は、「いい板を買え。サーフィンに対するこだわりを持て」という言葉を座右の銘に、ボーナスをつぎ込んではいろんな板を買っていた。
それが幸いして、ボードの特性とか、自分に合うボードの特徴とか、感覚的に判ったような気がしている。
 
ところが、30代の後半くらいからだろうか。
その時ぼくは海外駐在だったけど、レンタルボードでも全然楽しかったり、ボードの個性を味わうことを楽しまなくても、「サーフィンすることの楽しさ」を追求するなら、それほど板にこだわらなくてもよいのでは、と考えるようになった。
 
以来、ぼくのボードは無印良品(ようするに格安)だったり、BicやNSPのような初心者を中心としたものとか、中古ばっかりに傾向が変わった。特に、鎌倉に住み始めてからはその傾向が強いような気がする。夏になればビジターも多く、気がつくとレールがざっくり、、のような「交通事故」もすごく頻繁にあるし、かといってポイントを変えて静かに波乗りするほどお人好しでもないからだろうか。
 
・・閑話休題。そんなわけで、この夏も「交通事故」に合ってしまった。
ただ、案外調子よく波乗りが楽しめるボードだったので、これまではアルミテープを貼ったり、木工用ボンドでごまかす方法を取っていたんだけど、ちょっと真面目に修理してみることにした。
買ったのはこちら。
 
まず現状。ストリンガー近くをざっくりとえぐられてしまった、無残な状態。
 
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こういうのって、陸に上がってから気がつくと、やり場のない怒りがこみ上げてくるんだよねえ。切ないけど、しょうがない。丁寧に油性ペンでコーナーを取っていく。
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次に、大きめのカッターで、2センチ程度の深みを取りながらゴリゴリと「外科手術」を進めて行く。ウレタンフォームは、まるでリンゴのようにさくさくと切れて行く。
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で、まずは一次手術完了。このとき、摘出した周辺には耐水ペーパーの100番台でざっくり板の表面を立たせて(ざらざらに)しておく。これから流す樹脂の接着が増すように、ということ。
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で、次にフォームを適切な形に切り抜いて、整形手術開始。完璧を記さず、ざっくり。
(フォームは柔らかいので、ちょっと厚め・大きめに作っておくのがポイント)
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形が決まったら、レジンと硬化材を混ぜる。
ヨメさんからは射るような目で見られる。つらい。
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ブルーレジン。硬化が始まると、だんだん透明になってゆく。
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次に樹脂がこぼれないようにマスキングテープの位置取り。今回は、ストリンガー近くに亀裂が入っていたので、ちょっと広め。
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そして、下地となる樹脂を注ぎ・・
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ウレタンフォームを押し込む。
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マスキングテープで囲んだ大きさに切ったガラスクロス敷き、上から樹脂を流して行く。ガラスクロスが徐々に透明になって行く様子は結構たのしい。
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一時間経過の様子。樹脂がベトつかず、けれど多少の弾力を持っている状態でマスキングテープをエイっとはがして行く。さもないと、テープも固定されてしまうので。
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まずはここまでできれば、あとは削るだけ。
屋内に保管し、次の週末を待ってごりごりと削って行くのだが、それは次回。
実質要した時間は3時間くらいだろうか。かんたんかんたん。

【レビュー】『メンターが見つかれば人生は9割決まる!』井口晃著

レビュープラスさんから献本いただき、読了。

読了後に、だらけていた自分に喝をそっと入れてくれる、そんな良書。

 

きみにメンターはいるか

人生を通じて尊敬できる人は、いる。けっこう多い方だと思う。

身近なところで言えば、仕事でご縁をいただいた方だったり、社内の同僚だったり、ご近所さんだったり。生きている・いないに関わらず、歴史上の偉人だったり、昔のクラスメートだったりと、およそ最近自分と直接的な接点がない場合でも。

 

メンターが見つかれば人生は9割決まる!

メンターが見つかれば人生は9割決まる!

 

 

ただ、「メンター」という存在はいるか?と問われると、これはちょっと考えてしまう。会社によっては「教育係」的な位置づけでメンターを設置するところもあるけれど、それとこれとは話は別だよね、とお互いに思っているだろうし、実際そうであることが殆どだろうから。

本書のまえがきに、こうある。

 

「成功者には、例外なくメンターがいる」

「理想の人生の実現は、『自分のロールモデルとなる人』『思考と行動の指針となる人」であるメンターを見つけたか、見つけられなかったか決まる」

 

そりゃそうなんだろうなあ、と漠然と感じる。

そして、僕もある時期まではそういう「メンター」的な人を探し求めて様々な場所や機会に参加したことがあった。結果、同じような価値観を共有することができる方々と接点を持つことができたり、いわゆる交友関係を広げることができたりと、副次的なメリットは多かったように思う。

 

ただ、そこからメンターを見つけることは、できなかった。

 

職業人としてキャリアを確立したい、とか考える場合、比較的メンターは見つけやすい。社内外において同様の職種で、生活面においても理想となるような人はけっこう年齢とともに増えてゆく(会うチャンスがあれば)だろうから。

これはキャリアステップの中に転職を組み込んだ場合でもそうで、一つの会社に属し続けているかどうかは関係ない。いわゆる「成功本」を読めば、そうやって転職しながら「上流」に昇ってキラキラ輝いている人はごまんといるし、身近にもそういう人は多いはず。

 

メンターは自分を超越したところにある

でも、今の僕にはメンターはいない。

 

わかるよ、メンターなんてそうそう出会わないことは。

でもなんだろう、この「絶対的に確かそうな必要性」と、「現実にはそうではない」というギャップの大きさは。

 

そうした、モヤモヤとした気持ちを持ちながら本書を読み進めたのだが、なるほど!と思ったことがある。それは、

 

・”再起不能と思えるような失敗”を経験している人を選ぶ 
・先輩や上司はメンターにしない 
・本を2冊以上出版している人を選ぶ 

 

という点。明確にこれらの視点で「メンターたるべき人」を見たことはなかった。

そもそも、本書にもあるけれど、メンターは自分の理想像であるし、ある種 現状の自分から「ジャンプ」したところに位置する人なので、一つ一つそうした「壁」を超えてきた人をロールモデルとして設定するという点はすごく腹落ちする。

その意味で、本書で展開されている、以下のようなステップはすごく明快で、「成功のための指針」と言っても過言ではないように思う;

  • まず自分の「ありたい姿を決める」
  • メンターとなりうる人を探し、コンタクトする
  • メンターを超えたら、パートナーを増やしてゆく

業務課題と基本的にはおなじ。現状把握、「あるべき姿」の設定、ポートフォリオ戦略。読むにつけ、「そうだよなあ、、そうだその通りだ!」と思わずにはいられなくなる。

 

「没頭できること」の重要性

ただ、なんなんだろう。読み進めた後に、「やっぱりでもねえ・・」というシニカル感が残る感が否めない。

 

ぼくたちは、成功したい。

ぼくたちは、ロールモデルと言われたい。

ぼくたちは、自分の理想にちかづきたい。

 

でも、ぼくたちは、現状に甘んじてしまうことがおおい。

そして、それが別に悪いことではないんじゃないかと思うし、だからこその「理想」なんだと思う。

本書を読み終えて、このギャップを埋めてゆくことができるかどうかは、「メンターの設定」はもちろんその通りなのだが、「いまここにいる現実」において、「どれだけ没頭できる何かがあり、それを自分で理想像に向けてリーチさせてゆくことができるか」なんじゃないかと思うに至った。

メンターを設定し、近づいて、超えてゆくことを「楽しみながら」実践するための「自分の中の軸」。本書にあるように、それは職業でもいいし、「趣味」というものを持っている人はそれでもいいんだろう。そして、メンターを探すということは、おそらくその「軸」を探すことと表裏一体なのだろうな、と思う。

 

メンターが見つかれば人生は9割決まる!

メンターが見つかれば人生は9割決まる!

 

 

 

 

 

軽井沢とか安曇野とかに行ってきた。

 
久しぶりに土日がフルでお休みになったので、ふだんは仕事で回っている地域を、プライベートで回ってみることにした。1泊2日、ヨメさんと愛犬も一緒である。まあ、どちらかと言うとお盆としての休みを取れなかったので、その穴埋めとしての土日フル活用というかんじ。
 
ぼくもヨメさんも、そう言えば全然行ってないね、暑いし「避暑」してみようか、という流れで向かったのは、軽井沢。
 
愛犬は車が嫌いで、ふつうの場合、乗車するとすぐに挙動がおかしくなり、ものの30分もすると「えろっ」と食事をお戻しになる。なので、今回は酔い止めを使いながら、適度な刺激(窓からとか、遊びとか)を体験しながらのハラハラドライブでもあった。
 
軽井沢は、いい。こんな沢がある。
 

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空が、大きい。地面と、農作物と、空。 
ふだんは道路と標識ばかり見て走っているので、すごく時間がゆったり流れているのを感じるひととき。
 
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安曇野で、わさび。ミーハーだけど、ちょっと気分が高揚する。
 
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まあ、わさびと言えば大王わさび農場
SUPもボートも、かなり楽しそう。
 
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一息つくのに、ずっと行きたかった「播隆」のお蕎麦をいただきに。
 
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播隆のお蕎麦を食べると全国どこのお蕎麦を食べても、満足できなくなる。
「これまでのお蕎麦とは、次元が違うね」と言うのが、ヨメさんの弁。
ちなみに、ペットNGなので、交互にお店に入っていただいた。
 
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麺が透き通り、グリグリとした食感は、喉通りがするっとしていて本当に別次元。
都内では、決して味わえない信州ならではの本場の味だとおもう。
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ちょうどUターン渋滞がひどかったので、避けるようにして高速と下道を使い分けながら今回向かったのがよかった。 ふだん車では絶対に見ない景色や場所に、きままに立ち寄りながら、それさえも「旅の楽しみ」と割り切ってざっくりとドライブ。
 
ひさしぶりにこういうの、「またやりたい」と思うショートトリップになった。
次も計画してみよう。
 
 

【レビュー】未来を見通せ!『プロフェッショナルシンキング』ビジネス・ブレークスルー大学編

 レビュープラスさんより献本いただき、読了。

本書のテーマは、表紙にもある「未来を見通す思考力」である。

この「思考力」というところが、いちばんのキモだと思う。

プロフェッショナル シンキング (BBT大学シリーズ)

プロフェッショナル シンキング (BBT大学シリーズ)

  • 作者: 宇田左近,平野敦士カール,菅野誠二,大前研一,ビジネス・ブレークスルー大学
  • 出版社/メーカー: 東洋経済新報社
  • 発売日: 2015/07/24
  • メディア: 単行本
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けっこう、「思考してる」つもりだったりする

 およそ、ものごとを考えるときに論理的・分析的に対象をとらえ、いわゆる「ファクトベース」で次の展開を単軸的に・類推的にアプローチをするのは、ちょっと訓練をした集団や個人であればできること。

ただし、その行為は「思考」なわけではない、と思う。

おそらく人工知能というものが発達すれば、そのうち彼らが行うべきことになり下がってしまいそうな「論理的プロセス」にすぎない。

自分たちの属する業界や企業、はたまた家庭というコントロール可能な要因とそうでない要因を、さも特殊なように捉えながらどの会社でも、同じ業界ならそういう「プロセス」を経た「未来」は、似たようなものに陥りがちだろうし、家庭であってもそうだろう。そこに思考の要素はほとんどなく、会議室であーだこーだと議論していても、それは「いかに論理的に導出しているか」の吟味と検証を行っているにすぎないとおもうのだ。

その意味で、本著が提示している内容はいたって興味深い。

MBAのケーススタディから「経営の正解」や「事業戦略の固有性・普遍性」を議論するようなビジネス本とは真逆と言ってよく、どちらかというと「思考の訓練を繰り返し、手を変え品を変え」行わせる書籍だと言える。

これから必要な5つの「思考方法」

そのために、、と、ネタバレにならない程度にご紹介すると;

 

1)見通すためには「思考の逃避」を避け、事象に向き合うこと

2)類推(アナロジー)的な思考方法を常に意識し、積極的に活用すること

3)企業の枠を超えた、プラットフォーム的な視座に立つこと

4)個ではなく、巻き込んでゆくこと

5)バックキャスト(未来から逆算)すること

 

・・と言ったような感じになるだろうか。

どの組織にも、こういうことが得意な人がいるが、そういう人は皮肉の意味も込めて「ビジョナリスト(Visionばっか言ってるひと)」と揶揄されることも多いだろうけど、その視点は多くの日本人が上記の1)2)で満足してしまいそうな際に、けっこう目からウロコの発想を提供してくれることも少なくない(会議の冒頭にビジョナリストを入れると、会議が混乱したりもするけど)。

 

脳みそをきたえよう

本書を読んで、ぼくが痛感したのは、すべてのひとがこうした「見通す思考力」を持つ必要はないのではないかな、ということであり、逆に必要だと思えばどんどん訓練し、自分の脳みそを鍛えて行けばよい、ということ。

 

およそ、机上で詰め込んだ知識は、実践や応用をする場がなければすぐに脳からも消えてゆく。でも、思考の方法は、訓練しておけば、その思考方法が必要になったときに再現高く使うことができるものだと思う。さいきん、マインドフルネスという言葉がいろんなところで聞こえるようになってきたけど、本書の中にある数々の手法の集積は、これまでの「切れ味の鋭い論理的なビジネス書」というカテゴリーに属することなく、おそらく「思考訓練のためのマインドセット」として、(ちょっとマインドフルネスとは違うけど)新しく世の中で求められ、そして使われてゆくものになるだろうと思う。

 

 

鎌倉に魅せられる昔の仲間たち

ちょっと驚いたことがあった。
 
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さいきんのぼくには珍しく電車で移動し、鎌倉駅から自宅に向かって由比ヶ浜大通りを歩いていた週末のこと。その姿はTシャツ短パンで歩くただの地元のおっさんなのだが、ある店を通り過ぎたところで突然「あきらーーん」と店の奥から呼び止められた。
 
ん?知り合いの声のようなそうでないような・・と思い振り返るとそこには、どこかで見たことのある長身のおっさんが。
 
で、よく見るとだんだん思い出してくるのだけど、ぼくの記憶が蘇るまえに、「おれだよ、大学の同期のAだよ!」と向こうから名乗り出てくれた。その言葉で一気に感覚は大学時代にフラッシュバック。
 
ぼくの学部はそんなに人数が多い訳ではないので、同期はほぼ覚えているのだが、目の前にいる、ちょっと太ったおっさんがその当時の姿にオーバーラップ。
 
「おお、Aか!あれ、新潟にいるんじゃなかったっけ?」と見つけてくれたことに感謝しつつも話し始めてさらにびっくり。
 
Aは、鎌倉につい最近移住したんだそうだ。
 
で、さらに聞くと、同じ同期が数名、鎌倉にAよりも前に移り住んでいるんだとか。
 
都内なら、こういう遭遇はかなりの頻度で起こっていたような記憶があるんだけど、まさか鎌倉で!?それも複数の同期が住んでる?
 
まあ、もともと田舎の大学だったので、どこかに「田舎な生活」への欲求があるのだろうけれど、この確率はすごいなあと思う。
 
子供のことを考えたり、両親のことを考えたりすると、住む場所に対する選択肢はかなりたくさんあるだろうけど、この場所には、そういったものをひっくるめて移住を決めさせる大きな要素があるんだろうと思わずにはいられない。
 
もともとの人口構成が高齢者寄りの鎌倉だけど、こうやってある種の新陳代謝が進む場所っていうのは、新しい何かがそこから生まれるようにも感じられる。
 
ご縁って、本当に自分がどうするかではないんだなあと思いつつ、今度みんな一緒に飲む約束をしてA氏と別れたのであった。