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鎌倉ライフリッチ研究所 Ver 3.70 | 人生を、豊かに生きよう。

ようこそいらっしゃいました。スローライフの聖地鎌倉へ移住して7年。グローバルビジネスやM&AどっぷりだったR40が一念発起。 ベンチャーでの仕事を通じた日々のビジネス視点だったり、観光に役立つ鎌倉の美味しいグルメ情報やイベント紹介をしてまーす。プロフィールはこちら(http://profile.hatena.ne.jp/hase263lich/)から。

【レビュー】『メンターが見つかれば人生は9割決まる!』井口晃著

読んだ本

レビュープラスさんから献本いただき、読了。

読了後に、だらけていた自分に喝をそっと入れてくれる、そんな良書。

 

きみにメンターはいるか

人生を通じて尊敬できる人は、いる。けっこう多い方だと思う。

身近なところで言えば、仕事でご縁をいただいた方だったり、社内の同僚だったり、ご近所さんだったり。生きている・いないに関わらず、歴史上の偉人だったり、昔のクラスメートだったりと、およそ最近自分と直接的な接点がない場合でも。

 

メンターが見つかれば人生は9割決まる!

メンターが見つかれば人生は9割決まる!

 

 

ただ、「メンター」という存在はいるか?と問われると、これはちょっと考えてしまう。会社によっては「教育係」的な位置づけでメンターを設置するところもあるけれど、それとこれとは話は別だよね、とお互いに思っているだろうし、実際そうであることが殆どだろうから。

本書のまえがきに、こうある。

 

「成功者には、例外なくメンターがいる」

「理想の人生の実現は、『自分のロールモデルとなる人』『思考と行動の指針となる人」であるメンターを見つけたか、見つけられなかったか決まる」

 

そりゃそうなんだろうなあ、と漠然と感じる。

そして、僕もある時期まではそういう「メンター」的な人を探し求めて様々な場所や機会に参加したことがあった。結果、同じような価値観を共有することができる方々と接点を持つことができたり、いわゆる交友関係を広げることができたりと、副次的なメリットは多かったように思う。

 

ただ、そこからメンターを見つけることは、できなかった。

 

職業人としてキャリアを確立したい、とか考える場合、比較的メンターは見つけやすい。社内外において同様の職種で、生活面においても理想となるような人はけっこう年齢とともに増えてゆく(会うチャンスがあれば)だろうから。

これはキャリアステップの中に転職を組み込んだ場合でもそうで、一つの会社に属し続けているかどうかは関係ない。いわゆる「成功本」を読めば、そうやって転職しながら「上流」に昇ってキラキラ輝いている人はごまんといるし、身近にもそういう人は多いはず。

 

メンターは自分を超越したところにある

でも、今の僕にはメンターはいない。

 

わかるよ、メンターなんてそうそう出会わないことは。

でもなんだろう、この「絶対的に確かそうな必要性」と、「現実にはそうではない」というギャップの大きさは。

 

そうした、モヤモヤとした気持ちを持ちながら本書を読み進めたのだが、なるほど!と思ったことがある。それは、

 

・”再起不能と思えるような失敗”を経験している人を選ぶ 
・先輩や上司はメンターにしない 
・本を2冊以上出版している人を選ぶ 

 

という点。明確にこれらの視点で「メンターたるべき人」を見たことはなかった。

そもそも、本書にもあるけれど、メンターは自分の理想像であるし、ある種 現状の自分から「ジャンプ」したところに位置する人なので、一つ一つそうした「壁」を超えてきた人をロールモデルとして設定するという点はすごく腹落ちする。

その意味で、本書で展開されている、以下のようなステップはすごく明快で、「成功のための指針」と言っても過言ではないように思う;

  • まず自分の「ありたい姿を決める」
  • メンターとなりうる人を探し、コンタクトする
  • メンターを超えたら、パートナーを増やしてゆく

業務課題と基本的にはおなじ。現状把握、「あるべき姿」の設定、ポートフォリオ戦略。読むにつけ、「そうだよなあ、、そうだその通りだ!」と思わずにはいられなくなる。

 

「没頭できること」の重要性

ただ、なんなんだろう。読み進めた後に、「やっぱりでもねえ・・」というシニカル感が残る感が否めない。

 

ぼくたちは、成功したい。

ぼくたちは、ロールモデルと言われたい。

ぼくたちは、自分の理想にちかづきたい。

 

でも、ぼくたちは、現状に甘んじてしまうことがおおい。

そして、それが別に悪いことではないんじゃないかと思うし、だからこその「理想」なんだと思う。

本書を読み終えて、このギャップを埋めてゆくことができるかどうかは、「メンターの設定」はもちろんその通りなのだが、「いまここにいる現実」において、「どれだけ没頭できる何かがあり、それを自分で理想像に向けてリーチさせてゆくことができるか」なんじゃないかと思うに至った。

メンターを設定し、近づいて、超えてゆくことを「楽しみながら」実践するための「自分の中の軸」。本書にあるように、それは職業でもいいし、「趣味」というものを持っている人はそれでもいいんだろう。そして、メンターを探すということは、おそらくその「軸」を探すことと表裏一体なのだろうな、と思う。

 

メンターが見つかれば人生は9割決まる!

メンターが見つかれば人生は9割決まる!

 

 

 

 

 

軽井沢とか安曇野とかに行ってきた。

日々のできごと 旅の記録
 
久しぶりに土日がフルでお休みになったので、ふだんは仕事で回っている地域を、プライベートで回ってみることにした。1泊2日、ヨメさんと愛犬も一緒である。まあ、どちらかと言うとお盆としての休みを取れなかったので、その穴埋めとしての土日フル活用というかんじ。
 
ぼくもヨメさんも、そう言えば全然行ってないね、暑いし「避暑」してみようか、という流れで向かったのは、軽井沢。
 
愛犬は車が嫌いで、ふつうの場合、乗車するとすぐに挙動がおかしくなり、ものの30分もすると「えろっ」と食事をお戻しになる。なので、今回は酔い止めを使いながら、適度な刺激(窓からとか、遊びとか)を体験しながらのハラハラドライブでもあった。
 
軽井沢は、いい。こんな沢がある。
 

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空が、大きい。地面と、農作物と、空。 
ふだんは道路と標識ばかり見て走っているので、すごく時間がゆったり流れているのを感じるひととき。
 
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安曇野で、わさび。ミーハーだけど、ちょっと気分が高揚する。
 
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まあ、わさびと言えば大王わさび農場
SUPもボートも、かなり楽しそう。
 
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一息つくのに、ずっと行きたかった「播隆」のお蕎麦をいただきに。
 
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播隆のお蕎麦を食べると全国どこのお蕎麦を食べても、満足できなくなる。
「これまでのお蕎麦とは、次元が違うね」と言うのが、ヨメさんの弁。
ちなみに、ペットNGなので、交互にお店に入っていただいた。
 
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麺が透き通り、グリグリとした食感は、喉通りがするっとしていて本当に別次元。
都内では、決して味わえない信州ならではの本場の味だとおもう。
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ちょうどUターン渋滞がひどかったので、避けるようにして高速と下道を使い分けながら今回向かったのがよかった。 ふだん車では絶対に見ない景色や場所に、きままに立ち寄りながら、それさえも「旅の楽しみ」と割り切ってざっくりとドライブ。
 
ひさしぶりにこういうの、「またやりたい」と思うショートトリップになった。
次も計画してみよう。
 
 

【レビュー】未来を見通せ!『プロフェッショナルシンキング』ビジネス・ブレークスルー大学編

読んだ本

 レビュープラスさんより献本いただき、読了。

本書のテーマは、表紙にもある「未来を見通す思考力」である。

この「思考力」というところが、いちばんのキモだと思う。

プロフェッショナル シンキング (BBT大学シリーズ)

プロフェッショナル シンキング (BBT大学シリーズ)

  • 作者: 宇田左近,平野敦士カール,菅野誠二,大前研一,ビジネス・ブレークスルー大学
  • 出版社/メーカー: 東洋経済新報社
  • 発売日: 2015/07/24
  • メディア: 単行本
  • この商品を含むブログを見る
 

けっこう、「思考してる」つもりだったりする

 およそ、ものごとを考えるときに論理的・分析的に対象をとらえ、いわゆる「ファクトベース」で次の展開を単軸的に・類推的にアプローチをするのは、ちょっと訓練をした集団や個人であればできること。

ただし、その行為は「思考」なわけではない、と思う。

おそらく人工知能というものが発達すれば、そのうち彼らが行うべきことになり下がってしまいそうな「論理的プロセス」にすぎない。

自分たちの属する業界や企業、はたまた家庭というコントロール可能な要因とそうでない要因を、さも特殊なように捉えながらどの会社でも、同じ業界ならそういう「プロセス」を経た「未来」は、似たようなものに陥りがちだろうし、家庭であってもそうだろう。そこに思考の要素はほとんどなく、会議室であーだこーだと議論していても、それは「いかに論理的に導出しているか」の吟味と検証を行っているにすぎないとおもうのだ。

その意味で、本著が提示している内容はいたって興味深い。

MBAのケーススタディから「経営の正解」や「事業戦略の固有性・普遍性」を議論するようなビジネス本とは真逆と言ってよく、どちらかというと「思考の訓練を繰り返し、手を変え品を変え」行わせる書籍だと言える。

これから必要な5つの「思考方法」

そのために、、と、ネタバレにならない程度にご紹介すると;

 

1)見通すためには「思考の逃避」を避け、事象に向き合うこと

2)類推(アナロジー)的な思考方法を常に意識し、積極的に活用すること

3)企業の枠を超えた、プラットフォーム的な視座に立つこと

4)個ではなく、巻き込んでゆくこと

5)バックキャスト(未来から逆算)すること

 

・・と言ったような感じになるだろうか。

どの組織にも、こういうことが得意な人がいるが、そういう人は皮肉の意味も込めて「ビジョナリスト(Visionばっか言ってるひと)」と揶揄されることも多いだろうけど、その視点は多くの日本人が上記の1)2)で満足してしまいそうな際に、けっこう目からウロコの発想を提供してくれることも少なくない(会議の冒頭にビジョナリストを入れると、会議が混乱したりもするけど)。

 

脳みそをきたえよう

本書を読んで、ぼくが痛感したのは、すべてのひとがこうした「見通す思考力」を持つ必要はないのではないかな、ということであり、逆に必要だと思えばどんどん訓練し、自分の脳みそを鍛えて行けばよい、ということ。

 

およそ、机上で詰め込んだ知識は、実践や応用をする場がなければすぐに脳からも消えてゆく。でも、思考の方法は、訓練しておけば、その思考方法が必要になったときに再現高く使うことができるものだと思う。さいきん、マインドフルネスという言葉がいろんなところで聞こえるようになってきたけど、本書の中にある数々の手法の集積は、これまでの「切れ味の鋭い論理的なビジネス書」というカテゴリーに属することなく、おそらく「思考訓練のためのマインドセット」として、(ちょっとマインドフルネスとは違うけど)新しく世の中で求められ、そして使われてゆくものになるだろうと思う。

 

 

鎌倉に魅せられる昔の仲間たち

日々のできごと
ちょっと驚いたことがあった。
 
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さいきんのぼくには珍しく電車で移動し、鎌倉駅から自宅に向かって由比ヶ浜大通りを歩いていた週末のこと。その姿はTシャツ短パンで歩くただの地元のおっさんなのだが、ある店を通り過ぎたところで突然「あきらーーん」と店の奥から呼び止められた。
 
ん?知り合いの声のようなそうでないような・・と思い振り返るとそこには、どこかで見たことのある長身のおっさんが。
 
で、よく見るとだんだん思い出してくるのだけど、ぼくの記憶が蘇るまえに、「おれだよ、大学の同期のAだよ!」と向こうから名乗り出てくれた。その言葉で一気に感覚は大学時代にフラッシュバック。
 
ぼくの学部はそんなに人数が多い訳ではないので、同期はほぼ覚えているのだが、目の前にいる、ちょっと太ったおっさんがその当時の姿にオーバーラップ。
 
「おお、Aか!あれ、新潟にいるんじゃなかったっけ?」と見つけてくれたことに感謝しつつも話し始めてさらにびっくり。
 
Aは、鎌倉につい最近移住したんだそうだ。
 
で、さらに聞くと、同じ同期が数名、鎌倉にAよりも前に移り住んでいるんだとか。
 
都内なら、こういう遭遇はかなりの頻度で起こっていたような記憶があるんだけど、まさか鎌倉で!?それも複数の同期が住んでる?
 
まあ、もともと田舎の大学だったので、どこかに「田舎な生活」への欲求があるのだろうけれど、この確率はすごいなあと思う。
 
子供のことを考えたり、両親のことを考えたりすると、住む場所に対する選択肢はかなりたくさんあるだろうけど、この場所には、そういったものをひっくるめて移住を決めさせる大きな要素があるんだろうと思わずにはいられない。
 
もともとの人口構成が高齢者寄りの鎌倉だけど、こうやってある種の新陳代謝が進む場所っていうのは、新しい何かがそこから生まれるようにも感じられる。
 
ご縁って、本当に自分がどうするかではないんだなあと思いつつ、今度みんな一緒に飲む約束をしてA氏と別れたのであった。
 
 
 

【レビュー】『ビジネスエリートは、なぜ落語を聴くのか?』 石田 章洋・横山 信治 著

読んだ本

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photo by vm2827

 

たのしい落語 

高座にあるのは座布団だけ。

 

着物姿の落語家がひとり、扇子と手ぬぐいのみを使って、大きな会場では1千人を超える観客を魅了する。「大ネタ」と呼ばれる長い演目では、1時間以上にわたり一人の噺家が音響や照明などの演出も使わずに観客を引き付ける、話芸の力。

 

一言で言えば、当意即妙 。ぼくが「落語」にもつイメージはこれだ。

そう、「噺家」ではなく「落語」にもつイメージがこれなのだ。

血のにじむ訓練の結果の当意即妙が「うまい噺家」だし、そのうまい噺家の話す「寄席」の雰囲気が「当意即妙」で、場の全体の空気感やリズムがそれを楽みながら調和しており、乱れてないイメージと言えば伝わりやすいだろうか。

 

この当意即妙、あるいは調和の調和のとれた世界というのは、絶妙なコントロールが必要だと思っている。そう、指揮者のような存在として、なおかつ「話芸の力」で。

 

この、話芸としての落語は、素直にたのしい。たのしいから噺家や落語というものをどんどんと好きになる。落語を聞いていて、嫌な気持ちになったという人はおそらくいないだろう。

同様にかんがえてみる。ビジネスの場においてプレゼンは「パッションを伝えるもの」とコンサル時代の上司が言っていたことを思い出す。資料自体の内容は、誰が発表しても同じ。ただ、誰に、どう伝えるかは、プレゼンター次第。話芸の力で、その場を創る。

まさに落語の当意即妙の世界だと今更ながら痛感する。

 

ようやくレビュー

前置きがかなり長くなってしまった。

レビュープラスさんからご献本、「たのしく」読了。

ビジネスエリートは、なぜ落語を聴くのか?

ビジネスエリートは、なぜ落語を聴くのか?

 

 

本書の『ビジネスエリートは、、』というタイトルは企画として判りやすさを狙ったためだろうけど、陳腐化したタイトルな感じは否めない。いや、むしろこれも確信犯なのだろうかと思わせられてしまう。いやいや、もう見飽きたがな、でもちょっと気になるな、的に視点を向けさせる、みたいな。

本書はそういう「確信犯的な薄っぺらさ」を演出しながらも、内容はかなり骨太だと思う。

それは著者おふたりが、落語家からビジネス界に転身したというだけでなく、現在一定の評価を獲得されるまでの経験が随所に盛り込まれているためで、本書を読み飽きない構成にしている理由のひとつであるともいえる。

たとえば:

落語とは「人間の業の肯定」であり、肯定するがゆえに「多様性を包摂する」もの。落語をよく聴く人は、だからこそすぐにキレたり、他人を責めたりしません(p59:落語に学ぶダイバーシティ)

 とか、

「一流の落語家とそれ以外の落語家の違いはどこにあるでしょうか。それをひと言で表現するならば、「覚悟」です。
一流の落語家は、どんなことでも自分の芸の肥やしにしようとする「覚悟」があります。」(p.207)

などのくだりは、落語家という一つの職業かたちづくる世界の要諦として、そしてビジネスの一線に身を置くおふたりが、読者層と同じ目線だからこそ書ける内容だなあと思わずにはいられない。

この本は、いわば「ことばの力でたのしい世界を創るプロが、転職して別の会社に移った際に身にしみて判ったこと・実践したこと」の上質なエッセンスと言えるだろう。

 

ちなみにぼくも落語好きだけど、「落語好きだからビジネス世界で成功する」、という論理も、その逆の「ビジネス世界で成功したいから落語を聴く」という論理も、どちらも成立しないと思っている。

 

落語を聴いて、これまで楽しめなかったことや環境を楽しむことができるように、そして演出できるようになれば、ビジネス世界における大概のストレスは気にならなくなる。

 

・・これだと思うんだけどなあ。

あ、おふたりが今だからこそできる落語をぜひ聴いてみたいものだ。

 

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英語落語 RAKUGO IN ENGLISH [DVD]

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日常は記録されない。だから記録する。

日々のできごと

https://instagram.com/p/rgChVflgmH/

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ブログを毎日更新するスタイルから変えて、変な義務感はなくなったけどその反面その時間をどう使おう、という風に思うことも少なくない。

そして、その時間はたいがい、「無為」のようなものとして特段アウトプットもなく流れてゆくことも多い。

ヨメさんと話したり。

愛犬と遊んだり。

草むしりにいそしんだり。

ブログを書くときに、「自分を取り巻く環境を新しく見つめ直す」ことや、「書くべきネタを探す」というアプローチを自然とするようになるけれど、気負いすぎるのもある時期からは必要なくなるんじゃないのかな、と思うことが最近増えてきた。

 

歴史は残すべきと思える史実だからこそ、歴史なのだ。

 

べつに、あたりまえのことは誰も気にもとめない。

でも、いつかふっと振り返ってみたときに、そこに残っている当時の感情や行動、それらをかたちづくる、ぼくたち人間の「営み」みたいなものをかいま見る事ができるっていうのも非常に重要なことなのでは、と思う。

 

その意味では、改めてなおきんさんのこのエントリが染みるなあ。

blog.naokin.me

 

当たり前の日々を、書き留めること。

 

もちろん、ビジネス視点のブログはこんなんじゃ全然NGだけど、そういうある種の「ゆるゆるブログ」を継続することって実はとっても大事なことなんじゃないかなと思うようになったのは、ガツガツと仕事をする姿勢から一歩身を意図的に引いてみたせいなのかなあとも思える。

不思議なものだ。

 

 

【イタリアン】貴重な平日の至福! 由比ケ浜 - MANNA (マンナ)-

地元めし
今日はめずらしくおつとめ業務が早く終わった。
 普段なら打合せを終えてからノマド的にデニーズに10:00ごろまで滞在するのがぼくのパターンなんだけど、今日はめずらしくスッポリと「しなきゃいけないこと」がなくなった。
 
もちろんやりたいことは沢山あるんだけど、ふっと気が抜けたというか、気を抜いてみようと思ったというか。
 
早めに家に帰ろうと思いヨメさんに電話して、こんなに珍しい日なのでせっかくだから外食でもしようということになった。
 
とは言え、平日で近場でお酒が飲めて、というのは沢山あるけれど、この貴重な時間をせっかくだから有効に使ってみたい。そんな話の流れから、休日はなかなか予約のできない由比ケ浜のマンナこそ、平日にアプローチしてみよう!ということになって1席空いていたので速攻で予約。
 
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調べてみたら、今年の1月以来、半年ぶり。
まずはおずおずとビールを頂きつつ、びっしり書かれたメニューを眺める。
 
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お肉もお魚も食べたい!ということで、オーナーシェフの原さんにセレクトしてもらう。
たくさんあるけど、一番右のものをセレクト。そうそう、ミシュランの湘南・横浜編に掲載されていたのだった。おめでとうございますー原さん!
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前菜からー。
真鯛のカルパッチョ。お野菜もりもり。
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パスタは手長海老。ワインがすいすい進みます。すいすいすい。 
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そしてお肉は山形牛のグリル。
珍しく赤ワインに切り替えずにごくごくむしゃむしゃ。
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たまにはこういう平日もいいもんだなあと久しぶりに思う一日。
平日デート?もう少し計画的に設定できるともっと楽しいんだろうけど、突発的に生まれた時間をヨメさんと贅沢に使えたような気がして、ちょっと満足なお食事でした。
 
また来まーす!
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